LSE引退

 

先日(というよりも先月)、小田急ロマンスカー 7000形LSEが定期運行を終了しました。

10月までは団体臨時列車の運転が発表されているので、まだ今しばらくは小田急の本線上を走る姿を見ることができますが、ホームや駅の券売機で特急券を買い求め、気軽にLSEに乗ることは叶わないモノになってしまいました。

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ロマンスカー」という、かつては転換クロスシートを備えた列車の総称でもあった愛称が、小田急の専売特許と言えるほどの知名度を得たのは、3000形SE (SSE)、3100型NSEに続いて登場したLSEが、「ロマンスカー」のイメージに合った車両であったからなのではないでしょうか。

 

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LSEの引退をもって、SE車で採用された、バーミリオンオレンジ、シルバーグレー、ホワイトの3色をまとった車両は引退し、小田急の特急車両は30000形EXEが最古参ということになります。10000形HiSE 20000形RSEがバリアフリー対応が困難なハイデッカー構造が災いし早く引退してしまったことも影響しますが、ロマンスカーの平均年齢(車齢)が一気に若返ることになります。

そして、ニッチなところでは、LSEの引退によりロマンスカーだけでなく、通勤車両も含めて小田急の中で抵抗制御車が消滅することとなりました。

なぜかチョッパ制御のまま更新されていない通勤型8000形2本を除くと残りすべてがVVVF制御車ということになります。ほんの5年、10年前は鉄道雑誌などに「○○線、△△鉄道に残るつりかけ駆動車」なんて記事が見られましたが、時代は抵抗制御車すら追いやってしまう程進んでいるようです。

 

そして、さらにニッチなところでは、LSEの引退により、途絶えながらも小田急の特急型車両に掲出されていた、ヤマユリのマークが本線上から消滅したことになります。

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登場から38年、塗装変更を含むリニューアル工事を受けながら走り続けたLSE

近年は設備の陳腐化もあり、鉄分の薄めな一般の皆さんからの評判は今一つだったようですが、最後までロマンスカーとしての務めを果たしてくれました。

もう営業運転に充当されることはありませんが1編成が保存され、2021年開館予定のロマンスカーミュージアムで展示されるとのこと。

スマートさの中に優しさを秘めたこの車両にまた会うことが出来そうなのは嬉しいですね。

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H5系小変化

 

先日、(狙って)H5系が充当された「はやぶさ」に乗ってきました。

35編成を超え、40編成に迫ろうかという勢いで増備が続くE5系とは対照的に、H5系は北海道新幹線開業時から4編成の小所帯。かつ2編成は突発的な運用変更や青函トンネル内での緊急事態に備えて函館の車庫で待機という、半ばニ―トレイン 箱入り娘っぷりはレアもの感を際立たせています。

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外見はラベンダー色の帯と、北海道の形をしたサイドステッカーが目印で、しっかりとE5 H5を見分けることができます。

内装は識別の難易度がやや上がり、E5 H5と写真を見比べれば違いがわかる、という程度の差異なことが多いです。化粧板の木目が縦だったり横だったり…。

ただ、モチーフがアイヌ文化の文様だったり、雪の結晶(スノーフレーク)だったりするので、北海道的な要素に気付ければ「隠れミッキー」的なノリでいろいろと違いに気づけるかもしれません。

北海道新幹線区間は乗務員もJR北海道が担当し、チケッターもE5 H5をかたどったものを押してくれます。基本的に車内検札などはないため、車掌さんに直接頼まないと押してくれませんが、旅の記念にと思う方は、車掌さんがお手すきなときにお願いしてみてはいかがでしょうか。

 

さて、そんなH5 系ですが、6月頃から車外の複数個所に新しいステッカーが掲出されています。(E5系にはTreasure land TOHOKU JAPANのステッカーが随分前から掲出されていますね)

それがこちら

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青函トンネル開業30周年を祝うステッカーです。

軽やかに描かれた新幹線に、しっかりラベンダー色の帯が巻かれているあたり、JR北海道の新幹線であることを強調しているように見えます。

 

新幹線(→標準軌の列車)が通れる規格で設計、建設された青函トンネルですが、オイルショック国鉄の財政状況の影響を受け、新幹線サイズで完成したものの、2016年春の北海道新幹線開業までは「津軽海峡線」として在来線での営業でした。

快速「海峡」の50系客車から789系の特急「スーパー白鳥」。そしてひたすらに夜を駆けつづけた「はまなす」。津軽海峡を結ぶ役目はE5 H5 「はやぶさ」へ引き継がれました。

青春18きっぷや北海道・東日本パスでは津軽海峡を渡りにくくなってしまいましたが、これからも本州と北海道をしっかりと結び付けてほしいものです。

 

乗る列車も時代も変わり、かつてを知る者は失われた風景に目を奪われがちですが、北海道から来たことを告げるステッカーを誇らしげに掲げながら、ラベンダー色の帯を締めた新幹線が東京駅のホームに滑り込む。これが今の、これからの長距離列車の姿なのかもしれませんね。

 

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思わしくない経営状態の中、日々奮闘するJR北海道。半官贔屓かもしれませんが私はどうしても応援してしまいます。

 

 

徒然なるままにジョイフルトレイン その3

 

 なるべく北から、ジョイフルトレインをアップしていますが、今回はSLです。

2018年現在、JR北海道で唯一運行されているSL、「SL冬の湿原」号です。

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釧路と網走を結んでいる釧網本線の釧路ー標茶で冬の土休日を中心に運行されています。SLニセコ号、SL函館大沼号などがATS設置の問題で運航休止に追い込まれる中、季節限定の臨時列車とはいえ、北海道内唯一のSL旅客列車として走り続けています。

もっとも、エゾシカなどとの衝突を避けるために急制動することも日常茶飯事で、そのせいか車輪に傷がつくなどの故障が頻発し、「DL冬の湿原号」としてディーゼル機関車が代役として駆り出されることもしばしばです。

筆者乗車時は写真のようにC11-171でしたが、東武鉄道に譲渡される前は「カニ目」の愛称もあるC12-207での走行もあったようです。その時もやはり「カニ目」の調子はイマイチだったとか…。

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乗車日前の2,3日は気象台が不要不急の外出を控えるよう呼びかけるくらいの悪天候で、すごい地吹雪でした。そのため、ホームの反対側から列車を撮影しようとするとこんな感じに。SLの2エンドを頭にして運転する様子が珍しかったので、撮ろうとしたのですが、SLならではの大きな動輪が隠れてしまうくらいの積雪量なのでした。

さすが試される大地、北海道。。。

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車両は14系客車と旧型客車の混結で、全車指定席、ボックスシートです。

14系はデフォルトでは簡易リクライニングなはずなのに、旧型客車に合わせてボックスシートに換装したそうな。

車内はボックスシートの他にダルマストーブもあり、車内販売でするめを買い求めれば、ストーブの上で焼くこともできます。もちろん車内販売はするめ以外にもお土産品や甘いものなどの品ぞろえもいろいろありました。

シートは換装され、塗装も茶色ベースに塗り替えられていますが、発電エンジン搭載車両は何事もなかったかのようにエンジン音を轟かせていました(笑)

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サボにも描かれているように、この列車の車窓からはタンチョウヅルがよく見えます。汽笛の音などももう慣れっこなのか、列車が近づいても逃げる素振りすら見せません。

さすがに本当に近くなると飛び立ちますが、「この場所の主役は俺たちなんだぞ」という余裕のような何かを感じます。

釧路湿原ノロッコ号もそうですが、雄大な自然をゆっくりと列車で進んでいると、この地では自然やその地で暮らす生き物たちが主役で、人間はあくまでその中で間借りしているような感覚になります。

警笛を鳴らしているにも関わらず、線路の真ん中で悠然とこちらを見ているエゾシカを見た時は流石に少しイラッとしましたが(笑)

 

 

ちなみに余談になりますが、筆者が乗車した2015年はJR北海道ツインクルプラザから旅行商品が発売されており、札幌から網走までのオホーツク、網走から流氷ノロッコ号知床斜里から標茶まではガイドさん付のツインクルバス、標茶からはSL冬の湿原号、釧路から札幌までのSおおぞらというツアーがありました。冬の道東を満喫できるコースだと思うので、これからも設定されるかはわかりませんが、興味のある方は是非(笑)。

 

どたばたとぬくもり飛騨路

金曜17時半。一週間が終わった解放感に浸りながら、自室の時刻表をぱらぱら見ていたら、翌土曜日に高山本線で臨時急行「ぬくもり飛騨路」が走ることを発見。えきねっとは当然として、サイバーステーションも空席照会に対応していないだろうと踏んで、JR東海の問合せ窓口に直接Tel.
その問い合わせ時点では通路側2席のみ残っているとのことだったので、急いで最寄りのみどりの窓口へ。ラスト1席になっていた通路側席を確保しました。

 

当日になり、乗換駅などで空席照会をしても残0の回答ばかり。このまま乗ろうかと半ばあきらめていたら、乗車駅である名古屋駅で何と窓側への座席移動に成功!

せっかくの初、高山本線。列車だけでなく景色も満喫できる体制を整えて、いざホームへ。

 

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名古屋駅在来線ホームの発車案内板。首都圏のそれとはまた違い、小さなことかもしれないけれど、遠くに来た雰囲気に一役買っている気がします。

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そして乗車した「ぬくもり飛騨路」号のキハ85系

東海圏内ではおなじみの特急型気動車ですが、置き換えの話もチラホラ聞こえてきていますので、のんびり記録できる今のうちにゆっくり楽しんでおきましょう(笑)

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さて、この「ぬくもり飛騨路」号。オーソドックスな車両が使われていますが、ソフト面がなかなか充実しているというか、力が入っていた印象でした。

記念乗車証の他に、車内販売のメニュー表もこの列車専用のもの。また、グッズやフードメニューの一部もこの列車専用のラインナップになっていました。そして、沿線自治体の方々が観光パンフレットなどを配ってくださるので、列車の座席に座りながら、さながら「わが街観光名所ファッションショー」の様相。

個人的には高山本線デビューも兼ねていたので、沿線にどのような施設や観光地があるのかを一度に知ることが出来るので、とても助かりました。

 

沿線自治体の方はもちろん、車内販売ワゴンの売り子さん、JR東海、東海ツアーズの社員さんと思われる方まで、Staffと思しき方々が皆さん笑顔でお仕事されている様子はとても印象的でした。

 

なんの前情報もなく着いた、終点、飛騨古川は映画「君の名は」の聖地なんだそうな。今でも観光スポットとして、しっかりと人気な様です。

駅から徒歩数分のところにある「たんぼの湯」で日帰り温泉を楽しんだ後、後続の「ワイドビューひだ」で一路富山へ。つい先ほどまで同系列車両に乗っていたこともあり、富山までの短時間ではありますが、パノラマグリーン車へ課金。

途中、寝落ちしたので、パノラマを満喫できたわけではありませんでしたが、しっかりとした設えの座席で過ごすゆったりとした時間は、やはり特別なものですね。

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富山に到着後、発車直前のあいの風とやま鉄道「とやま絵巻」車両をチラリと見た後、富山地鉄などで少し切符収集をして、「かがやき」で一路首都圏へ。

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前日に睡眠不足の中ドタバタ急ぎ準備したせいか、ぬくもり飛騨路でテンションが上がっていたのか、富山発車後、大宮まで記憶がありません汗。

 

ジョイフルトレインなどの波動輸送に特化した車両がなく、臨時列車についてはやや影の薄い感のあるJR東海ですが、その分ソフト面で文字通り「ぬくもり」ある、温かいサービスを提供してくれていました。

臨時列車とはいえ、各季節に数回設定されている「ぬくもり飛騨路」。タイミングが合えば、紅葉の様子などをまた見に行きたいものです。

 

kenji ついに引退???

 

 

JR東日本 盛岡支社から気になる旅行商品のお知らせが入ってきました。

キハ58系列最後の生き残りであるジョイフルトレインkenji」が「まもなく運行を終了」するとのことです。

 

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国鉄爆発解体され、新生JRとなりジョイフルトレインが各地で誕生し、走り回っていた1992年に生まれ、今日まで北東北を中心に走り続けてきました。

しかし、寄る年波には勝てず、ついにこのたび運転終了が決定したようです。

具体的な運転終了=引退 時期は明言されていませんが、運行サイドであるJRから公式に発表があった以上、今後数か月単位のスパンで引退が現実のものとなることでしょう。

 

kenjiは(国鉄北海道総局→)JR北海道の「アルファコンチネンタルエクスプレス(アルコン)」に似た部分が多く、第一印象では種車がどのようなものだったかうかがい知ることはなかなか難しいですが、よく目を凝らすと、中間に封じ込められている運転台が原型車そのままだったり、開閉のできないはめ込み式の窓になっていますが、窓の寸法が(おそらく)そのままだったりと、改造以前の面影をうっすらですが感じ取ることが出来ます。

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中間の2号車に組み込まれているキハ28-2010は昭和36年製の車両で、運転台のガラスもパノラミックウィンドウではなく、キハ58系列初期車の特徴でもある、平面ガラスの組み合わせになっています。

この頃はまだ曲面ガラスの生産コストが高かったため、485系列のボンネット型運転台や、一部電気機関車などへの採用にとどまっていたようです。

 

 

引退が発表された以上、これからは沿線、駅構内にお葬式屋さん熱心な鉄道ファンが大挙して押し寄せることと思います。

ラストランを終えるその時まで、側面に描かれた「わんこきょうだい」と一緒に、kenjiが無事に走り切れるよう祈らずにはいられません。

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